「神様王権即位式」における御言

「神様王権即位式」における御言

成約九年 2001年1月13日

天宙清平修錬苑 天城旺臨宮殿 大聖殿

「神様王権即位式」での真のご父母様の祈祷とみ言。

初めの祈祷 きょう、新千年を迎えて十三日目を迎える日、真の天上父母の王権即位式を挙行しようと思う次第でございます。

全天宙の万象とすべての存在と、祝福を受けた天上の先祖たちと地上の後孫たちが一心一体となって、歴史的な恨と蕩減の時期を超えて、第四次アダム圏心情時代を迎えることにより、新しい天上世界において地上と天上が連結された天国の門を開くことのできる時代を迎えるようになりました。

偽りの父母が誤った結婚をすることによって、真の愛に反対し、真の生命と真の血統に反対する恥ずかしい歴史が始まり、その恨の歴史を経てこられることに苦労された万軍のヤーウェであられる天のお父様。

今まで、父となられ、師となられ、王となられるべきおかたが、蕩減と受難の道におかれていましたが、真の父母がこの地上に来て、その解放を願いながら、偽りの父母のすべての失敗に責任を持ち、蕩減の歴史を経て、八段階の勝利の権限を立てることによって、偽りの父母の実践の場となっていたすべてのものを天が受け継ぎ、そして、その勝利圏を中心として、真の父母が最高の基準において、血統を転換する祝福儀式を通して、万国と全天宙を連結させ、その愛の祝福の恩賜によって、解放的基盤を連結させた心身紛争の解放、夫婦の解放、父子関係の解放、兄弟関係の解放、国と国の解放を経て、天上世界と地上世界をふさいでいる、すべての壁と国境が崩されました。

よって、この蕩減基盤の勝利の上に、あなたが本然の創造理想で願われた自由解放的世界を立ててくださり、ごらんになるすべての世界が、今から新しい天国となり、地上から天上世界まで一元化された真なる家庭、真なる氏族、民族、国家、世界、天宙となり、解放された地上、天上天国を連結した勝利を、真の父母の権限と真の師の権限と、真の王権のすべてを代表した天地の大創造主であられるご主人の元に結束し、このすべてのことを再び奉献しようと願う、この式典を喜んで受けてくださるよう、お願い申し上げます。

天上世界にいる、すべての天軍天使たちと祝福を受けた家庭と、地上にいる、真の父母と連結されたすべての中心家庭を連結した祝福家庭が、地上を中心として兄弟の因縁を持ち、長子権復帰を再び復帰した中で、地上の長子の隊列に立ち、真の父母の特権的権限を中心として、堕落したすべての世界を、個人から天宙まで転覆させた勝利の解放圏を迎えることによって、天地の真の父母を中心とした、解放的真の父母と、地上の解放的真の子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠なるあなたの願いであるみ旨を蕩減、解放することによって、今から真の父母が、あなたをお迎えして、本然の基準に即位することができる喜びの式典を奉献しようと願う次第でございます。

お喜びの心を持って歴史を忘れ、解放された勝利の基盤の上に立ってくださり、創造本然の心情を備えた愛以上に一体化することができる勝利圏を中心として、万宇宙にあなたの国の権限を行使することができる、全体、全般、全権、全能の解放式の祝典を奉献し、あなたが本然の立場に即位なさることができる、この式を奉献いたしますので、喜びの中で受け入れてくださることをお願い申し上げながら、真のご父母様のみ名によって懇切に報告いたします。アーメン。 アーメン。 アーメン。 それでは、ただ今から、天上にいらっしゃる興進君と祝福を受けた先生の家族と聖人たちの家族が、神様をお迎えして地上に臨在され、座席に定着いたします。 「神様王権即位式」宣布の祈祷 (録音状態不良で前の一部分は整理できず)

愛するお父様。旧約時代、新約時代、成約時代に願われたすべてのもの……。イエス様が願った国家を超え、世界を超え、今では国連を中心として、神様が来臨なさることができる全人類を代表したNGO(非政府組織)の基盤の上で教育を終え、WANGO(世界NGO協会)の組織を中心として、世界平和超宗教超国家連合と連結し、地上に天の国を代表した主権を立て、国民を立て、地を立て、天上と地上に、あなたの祖国光復のための基台を準備した後に、今、この清平においては、地上の祝福を受けた家庭が、先祖の代を受け継ぎ、入籍という祝福の恩賜を受けることによって、南北統一の限界線を越えて、世界へ行くことのできる世界的入籍をなし、イエス様のイスラエル圏勝利、旧約時代に、万物を中心とした分立の役事を通して踏み越えていき、新約時代に息子、娘を中心として踏み越えていき、そして、祝福家庭を中心として、サタン世界と区別し、天の血族として、個人的家庭から八段階まで、すべての家庭が、あなたの愛の標準を中心とした、モデル的基準としての主人の立場に立つことができる時代を迎えるようになりました。

このことにより、偽りの父母によってゆがめられた、地上のすべてのものが、真の父母によって蕩減復帰され、地上と天上世界をふさいでいた数多くの壁が、この基準まで開放され、解放的権限を持つことによって、万民と万家庭、万氏族、民族、国家、世界が、今から一つの帰結点と真の父母との心情因縁を備え、総生畜献納という名を中心として、今からすべての被造万物は、失ってしまったものを蕩減復帰し、真の父母の名とともに、お父様の前に全体を奉献することができる新千年の十三日を迎え、このように奉献することができるようになったことを感謝いたします。

神様は、もうお座りになってくださり、あなたの権限を行使され、全被造万物を主管することができる主人の立場に、主人だけでなく王圏の基準にお立ちになり、霊界と肉界、過去の三時代を越えて、自由自活の立場にお立ちになって、アダム家庭において成し遂げようとされた、あなたの創造理想をすべて飛び越え、整備された基盤の上に、このすべての天地が一つとなった世界的途上の上で、祝福家庭たちが一時に、あなたの愛の権限に属することによって、王権即位式とともに、あなたの国に属することによって、自己主張することができる時代へと入城いたしましたので、お父様、万世にあなたの栄光をもたらし、勝利の栄光が、全天宙に満ちあふれるよう、許諾してくださることを懇切に、懇切に、懇切に、真の父母の名によってお願い申し上げます。

この時間、「神様王権即位式」の即位権限を、真の父母が再び蕩減復帰して取り戻し、あなたの本然の基準である権威の位置に奉献いたしましたので、お父様、この日を期して、真の父母が約束し、宣言した、そのすべての基準の上で行使なさることができる、自主的な解放的天下を、あなたの愛の圏に連結してくださることをお願いしつつ、この式を奉献することができることを感謝いたします。

このすべての式典を喜んで受け入れてくださったことを感謝しながら、霊界で祝福を受けたすべての家庭と、地上で祝福を受けたすべての家庭が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨を成す伝統を中心として、継続する真の父母の血族が、万代の血統を中心として、そして人を中心として、公的な万物を中心とした三大要件を神様の直属の前に付加いたしますので、その上で、万世を太平盛大に導くことができる王の中の王、「神様王権即位式」の主人となられることを、真の父母は、千万年歴史を超える心をもって宣布いたしますので、宣布したとおりに成就されたものを受け入れてくださることをお願い申し上げます。

真の父母の懇切な心と、懇切な心情ですべてを報告し、宣布いたします。アーメン。 アーメン。 アーメン。

一緒に感謝してください。「感謝します」(「感謝します」) 真の父母とともに、万世の王圏をもって主人となられますように。 「神様王権即位式」宣布後の祝祷 愛する天の真のご父母様の前に、きょうの栄光の日、地上にいる人類が一つになり、地上の真の父母と、天上と地上の、祝福を受けたすべての家庭と一心一体となって、二〇〇一年を中心として、三〇〇〇年に向かって出発する年頭に語った内容と同様に、「解放された天地父母と解放された子女が一心一体となって、真の愛の主体性である絶対、唯一、不変、永遠のみ旨が完成されますように」という年頭標語とともに、神様と地上の真の父母が一体の心情を備え、この標語を中心として、新千年すべての人類の前に宣布した言葉として、万有の存在が受け入れ、地上が今から(聞き取り不可能)することができる根となった時代を迎えましたので、今日、祝福を受けた家庭は、天地の王権に侍る直系のアダム完成の立場に立つことによって、万国万象を代表した立場で、天の前に報告するときにも、祝福の中心家庭だれだれの名によって懇切に報告するという、新しい歴史時代を迎えました。

サタンと神様が分け合わなければならなかったという、この恨めしい事実、新約時代にイエス・キリストを中心として心と体が分かれ、心に当たる霊界の整備と、体に当たる肉界の整備を残しましたが、その霊肉を統一することができる時が、第二次大戦後でした。

霊肉を統一してすべてを蕩減復帰し、この地上に本然の理想世界を完成して、地上の真の父母の名をもって天上の真の父母を解放する立場で「神様王権即位式」をすることができなかったという事実を、今、四十年という歳月を経て、再び、第二次大戦直後に旧教と新教が一つになることができなかった舞台を、東洋と西洋が一つになることができなかったことを蕩減した基準を立てて蕩減復帰し、第二次大戦直後に、キリスト教文化圏において、カインとアベルである旧教と新教が一つになって受け入れることができなかったことを、今、この時に、八十歳の誕生日を超え、二〇〇〇年を超え、新しい三〇〇〇年に向かって出発するこの最初の年、イエス様の十二弟子と中央の数で十三数、イエス様が失敗した恨の歴史を再び歩んで整備し、ローマだけでなく、世界だけでない地上、天上天国の解放圏を備え、十三数の中心の日を定めて、このような神様の即位式を挙行するようになりました。

今から、二〇一〇年、あるいは一二年までのこの期間に、これまで、地上から神様の前に奉献してお返しした総生畜献納物を、再び地上に戻して受け取ることができ、地上の統一天下、地球星は、あなたの故郷であること、あなたの祖国光復を宣布することができる、その時まで、あらゆる精誠を尽くすために、南北韓の統一を中心として、国連の統一と天上、地上世界統一の一線上に立ち、平均、平面上で連結させることができるという、切迫した最後の整備時代を迎えました。

「神様王権即位式」を挙行いたしましたので、全体、全般、全権、全能を行使なさり、あなたが願われるすべての霊界を動員し、地上解放を迎えることができる自主張時代を迎えましたので、その自主張権限を、地上と天上世界の歩調を、地上の真の父母が天地に合わせ、その勝利の大解放時代を望みつつ、新しく一月から全世界、天上世界の祝福を受けた家庭が一心一体となって、地上定着のためのアダム圏地上基盤を中心とした長子の位置と、父母の位置と、王圏の位置を、天上世界の代を受け継いでいく基準において長子権復帰、次子権復帰が成し遂げられ、次子の権限が長子の権限を代身することができる天地開闢時代を迎えました。

最後尾にお立ちになった神様が、真の父母によって再び真の父母を迎え、最後尾ではなく、先頭に立つことができる即位式を挙行いたしましたので、あなたが願われるみ言の内容はすべて宣布され、天の国の構成において、個人の統一問題、家庭の統一問題、氏族、民族、国家、世界、天宙の統一問題、すべての問題を知っておりますので、今からは実践躬行し、その実体圏を地上に成し、真の父母の名と天の真の父母の名を奉り、最後の勝利的権限をすべて備えた祝福家庭、中心家庭として、すべてを終結させることができる、天宙が願う解放の時代に前進することを許諾してくださいますように。

そのようにすることによって、天の真の父母と地の真の父母の主権国家を中心として、万々世の太平盛大な王圏を勝利し、万民皇族圏の、あなたが理想とされ、神様に侍る天上直系の子女たちが、すべての地上と天上の祝福家庭たちの上に、一律的な恩賜を分け与えてくださることを、真のご父母様は、この日を期して願いますので、特権を持たれた王圏王座にいらっしゃる神様の権限として、このすべてのことを約束とともに実践してくださることを、懇切に、懇切に、お願い申し上げます。

明日から出発することは、統一家のすべての祝福が勝利の覇権的旗印を掲げ、万国を治めることができる天の国の大使と、天の国の総督の名を持ち、一方通行、勝利、勝利、万世に前進することができる解放者となることを許諾してくださることを懇切にお願い申し上げ、天の真の父母と地上の真の父母が、共に一体となる、この場を通して懇切に報告、報告、報告、報告、宣布、宣布、宣布いたします。アーメン。 アーメン。 アーメン。 感謝いたします。

(飲福〔祭祀の供え物を分けて食べること〕されながら)地上天上天国が完成されるのです。分かりますか? 御言

きょうは、どのような記念日ですか? (「『神様王権即位式』です。」)おかしな言葉ですね。「神様……」、何ですか? (「王権即位式です」)どなたの即位式をしたのですか? (「神様です」)だれが即位式をしたのですか? (「真のご父母様です。」)

それは、真の父母だけでできますか? 天と地にいる、すべての人たちが国を持ち、祝福を受けて一族となり、血筋が一つとなった単一民族となったので、このような式をすることができるのです。

ですから、それをするために、今まで数多くの宗教圏が……。宗教圏の中でキリスト教を中心として、ユダヤ教から第二イスラエル、それから韓国まで、第一次、第二次、第三次イスラエル圏、旧約時代、新約時代、成約時代まで越えてきました。「成約」という言葉は、万物から始まり、すべてが祝福を受ける時代である、ということです。

神様によって先につくられた被造万物は、人類の先祖が堕落することによって、祝福圏内に立つことができませんでした。それで、救援摂理の道を通して、キリスト教を中心とした数多くの宗教を立てて、万民を教育して、段階的に引き上げながら成約時代を迎えるようになったのです。

しかし、主流思想ではない他の系列の宗教は、そのようなことを知りません。それゆえに、ユダヤ教とキリスト教だけを中心として、神様を人類の父として侍ることができる道を築いてきたのです。

そして、イエス様がいらっしゃることによって、初めて独り子という……。アダムとエバが失敗した歴史時代において、初めて神様の愛を受けることができ、血統的内容を中心として、初めて地球星に失ってしまった神様の独り子、長男が生まれたのです。

その息子、独り子は生まれたのですが、“独り娘”がいません。神様は、四千年間の救援歴史を通して、多くの苦労をされましたが、それは、アダムを再び創造されたことと同じです。

アダムをつくられたので、その次はエバをつくられるのですが、エバは、アダムをまねてつくるのです。相対となることができるように、まねてつくるのですが、それはどういうことかといえば、アダムをつくった原則、ブループリント(青写真)を中心として、それをまねてエバをつくったというのです。

聖書を見ると、男性のあばら骨を取って女性をつくったということが書かれていますが、それはどういうことでしょうか? それは、“骨子”をまねてつくったということです。

このようにして、地上で失ってしまったアダムを、神様の直系の愛の血筋を通して独り子として取り戻したのですが、エバは取り戻すことができませんでした。このエバを取り戻せば、今までの堕落以降の歴史を再び、家庭から復活させて接ぎ木することができるのです。

そして、国を建てるために準備してきたものが、ヤコブから始まったイスラエル民族でした。ヤコブの十二人の息子、娘が着地して、イスラエル民族として出発し、その勝利の版図を、イエス様が来る時までの二千年間拡大させてきたのが、イスラエルの国とユダヤ教だったのです。 イスラエルの国は、外的なカイン型であり、内的なアベル型はユダヤ教でした。そのカインとアベルの基盤の上で、霊的、肉的に父母の責任を果たすことによって、カインとアベルを収拾することができる母を選択して、主を待っていなければなりません。

そうして、母を選択して、そこにイエス様を迎えていたならば、霊肉が一体となった真なる父母を迎え、霊肉が一体となったイスラエルの国とユダヤ教が、カインとアベルの立場で父母と一つにならなければなりません。

そして、その一つになって祝福された家庭を中心として、氏族を編成し、民族を中心として国家まで編成するようになれば、だれもこれを否定することはできません。

いくらローマが世界を支配していたとしても、それを中心としてぶつかれば、外的なものは“肉”と同じなのであり、内的なものは“骨”と同じなので、骨にはかなわないというのです。

そのような立場に立てば、イスラエルの国を中心として万国統一し、神様の解放も、今から二千年前に成し遂げることができたのです。

ところが、イエス様が、相対であるエバを復帰して家庭を成すことができなかったので、国家基準を成すことができるように準備されたイスラエル民族の選民圏が、すべて崩れてしまいました。根こそぎ崩れたというのです。

ですから、イスラエルの国が、国を建てるために準備した民の基盤が、すべて死んでなくなってしまったので、イスラエルの国はなくなってしまいました。そして、祝福された民族であるのにもかかわらず、七世紀に入って、イスラエル民族がエジプトから中東に帰ってきて、そこで、その中心民族の中からイスラム教が出てきたのです。イスラム教です。兄弟なのですが、イスラム教が反対する立場で現れたのです。これは兄弟です。

イシマエルとイサクは、アブラハムの直系の後孫として、兄弟の関係なのですが、この兄弟が“怨讐となって闘う”という歴史が展開したのです。エルサレムを中心として、十字軍とムスリム(イスラム教徒)が闘い、キリスト教がイスラエルを奪ってしまったのです。そのような歴史は、皆、知っていることです。

奪われたイスラエルを、再び取り戻さなければなりません。カインとアベルの闘いによって奪われたのですが、イエス様の時代に、国家基準でカインとアベル、左翼と右翼の立場で平和の基準をつくっていたならば、カインとアベルの闘争歴史は、霊界でも地上でも、すべて解決されるはずでした。

しかし、父母を中心として、国家基準の形態を準備したイスラエルが、亡国の僕となることによって、その果たすべき使命を受け継いで、「再臨」という言葉を希望としてきたのです。

本来、キリスト教は、第二イスラエルを中心として、世界版図、ローマ圏を支配することができ、乗り越えることができる世界版図圏を持つことができました。しかし、イエス様の体を失ってしまったので、霊界を中心とした基準において、霊的基盤を築いてきたのです。

これが、終わりの日の第二次大戦において連合国と枢軸国が戦い、ついに連合国が勝つことによって、キリスト教文化圏が世界を統一したのです。

世界を統一することによって、霊肉が一つになることができる時代となり、怨讐の世界を完全に占領したので、連合国と枢軸国が、天の側の世界に帰属することができるようになるこの基盤を中心として、カトリックと新教が一つになった立場に立ったのです。

その基盤の上で、キリスト教文化圏を代表して、降臨される再臨主を迎えていたならば、そのときから統一天下の運勢が起き、三年半ないし七年間、一九四五年から一九五二年までに統一天下を成し、そのときに神様の即位式は終わっていたのです。分かりますか?

ところが、キリスト教が統一教会を受け入れることができませんでした。今でも彼らは、私たちを全面的に妨害して、追い出そうとしているのです。それは、第一次イスラエルであるユダヤ教が、キリスト教を妨害して、最後まで反対しながら滅びる立場に立つようになったことと同じであり、それでキリスト教は、統一教会に反対して、滅びる立場に立ちました。そうして、宗教圏がすべて滅びる立場に立ったのです。

何ですか? キリスト教が滅びる立場に立つと同時に、それ以外のアジア圏にあった仏教や儒教、そしてイスラム教……。イスラム教は、後から出てきたのですが、宗教の形態は持っていても、今ではもう、すべて滅んだに等しいというのです。

滅ぶのは宗教だけではありません。家庭から、宗教から、社会から、国家から、全世界、どこもみな、地獄のようになってしまいました。神様が理想とされた愛の理想圏というものは、地球星において見いだすことができない、という結果になったのです。

本来ならば、アメリカのような大国に行けば、神様が訪ねていくことのできる息子が、心と体を一つにして、娘と一つとなって、神様が願われる、堕落していない本然の夫婦となり、心と体が闘わない真なる家庭をつくらなければなりませんが、そのような家庭は、ないというのです。

本来、そのような夫婦によって息子、娘が生まれなければなりません。しかし、父母と息子、娘が闘わない家庭はありません。すべて分かれているのです。個人主義化してしまったこの世の中には、神様の相対理想がありません。

しかし、すべてがペア・システムになっているのです。鉱物世界もペア・システムであり、植物世界もペア・システムであり、そして動物世界もペア・システムなのです。天と地も相対となって一つになるべきなのにもかかわらず、すべてが分かれてしまったので、反対になったということです。反対になってしまったのです。

それを、どのようにして引っ繰り返して、合わせるのですか? それは、だれがしなければならないのでしょうか? 蘇生、長成、完成における蘇生的アダム家庭において失敗し、長成的メシヤも国家的基準において失敗したので、国家的基準においては、いずれにせよ失敗の内容を取り戻すことができません。

ですから、ローマ、世界の限界線を越えなければなりません。世界まで越えていかなければならないのです。

イエス様が、国家を取り戻して越えていくべき峠が、世界的舞台であったので、世界的舞台に向かって越えていかなければならない時が、必ず地上に訪れるのです。

世の中は、すべて滅びる立場に立ち、宗教もすべて滅びる立場に立ちましたが、再臨主は国家基準を超えて世界まで……。再臨主は、イエス様の理想を超えるので、来られる再臨主の実存的基盤というものは、国家的基準ではなく、世界的基準でキリスト教文化圏を相続しなければなりません。

相続されるべき立場に立っているキリスト教、カトリックと新教自体が闘うことによって、統一するということは考えることもできないのです。ですから、これを統一する時まで、この闘いは必ず続き、続けば続くほど、宗教圏は滅び、最後の日には、道もなく、手も出すことができないので、しかたなく、主人であるメシヤの所に来て、しっぽにしがみつくようになるのです。

そして、どのようになるのかというと、宗教も失ってしまい、世界も失ってしまい、国も失ってしまい、社会も失ってしまい、家庭もすべて失ってしまったので、「だれがおじいさんなのか? だれが父母なのか? だれが夫婦なのか? 子女が何だ?」と言って、すべてを否定する時代に入ってきたのです。

それゆえに、「どこに天があり、どこに神様がおり、どこに宗教があるのか?」と言って、すべて否定するのです。「どこに社会があるのか? どうして家庭が必要なのか?」と言って、すべて動物のように、ペア・システム……。

人間においては、そのペア・システムが、子供を生むために機能しているのでもありません。動物は、子供を産むためにペア・システムになっているのですが、人間は、動物よりももっと悪いのです。ペア・システムの基準が、一時的な享楽というものになり、そこには“永遠”という概念がないのです。男性も女性も、堕落した天使長のように、神様の理想的な愛の基準とは、完全に懸け離れた個別の立場に堕ちていきました。

ですから、愛の道を訪ねていって、すべてのものを踏み越えていくことはできません。人間の本性的な愛の道というものは、神様と一体となることができる道がないかぎり、人間の欲望や人間の修養や決心をもってしては、最後まで、この情欲を克服することはできません。

それゆえに、悟りの道を行く人がいるとすれば、サタンが霊的に試験するのです。美男子が修道の道を行って、天性に近づいていくことができる立場に立ったとすれば、美女がやってきて、抱き抱えて試験するのです。そして、「わたしを抱いてください。」と言うのです。

しかし、「ぎゅっと抱いてください。」と言うときに、抱いてあげれば、それで終わりなのです。男性であれば美女が現れ、女性が修道の道を行けば、男性が……。男性は天使長の立場なので、「抱いてください。」とも言いません。ですから、そこで目を開けているだけでも終わりなのです。

このような闘いを中心として、愛をもって霊的、肉的に生死の判決を下すということは、悟りの道を通して霊的体験をしなければ、どれほど克服し難い問題であるか分かりません。また、それがサタンの活動舞台の中の活動舞台になっているということを知らなかったのです。

しかし、神様は、この活動舞台を奪って、理想の位置に返さなければならないということをご存じであり、千辛万苦して、万々世、繰り返してでも続けていかなければならないのです。ですから、宗教のみ旨を立てようとされる神様は、今まで力なく、失望に失望を繰り返してこられたのです。

そのうえ、繰り返したとしても、上がっていくのではありません。個人から家庭、氏族、民族、国家まで行って、降りていくときには、国家の基準から氏族の基準に、氏族から家庭以下に落ちていくのです。このようにして、どん底まで落ちていき、ここで失敗すれば、他の所に回っていくのです。ですから、復帰歴史は数千万年かかったのです。

それで、旧約時代の二千年が霊形体ならば、霊形体級になるまでは、上がっていく方法がありません。二千年という限界線が再び訪れるまでは、だれかがそこに穴を開けて、生命体圏まで上がっていくことはできないのです。

蘇生、長成、完成の三段階に分かれた復帰歴史においては、一つの基準を満たすまでは、岩の峠道を巡り巡っていかなければならず、東洋で始まれば西洋で始まり、天で始まれば地で始まり、そのように一つにならなければ、つぶれてしまうのです。

そのような転換期において、それぞれ宗派なら、宗派や文化背景が異なるので、東洋と西洋、東西南北四方で、メシヤの代理的責任を持って、世界人類を収拾してきた歴史的な宗教形態が、仏教や儒教、イスラム教、キリスト教であったのです。分かりますか?



それでは、再臨主とはだれなのかというと、それは“真の父母”です。真の父母は、何を持ってくるのですか? 真の愛と真の血統を持ってくるのです。分かりますか? 偽りの父母とは何ですか? 偽りの愛と、偽りの血統をもたらすのです。

本来の堕落していない本然の世界においては、神様を中心とした家庭を成さなければなりません。真の息子、娘の家庭を成そうとすれば、血統が連結されなければなりません。

真の父母の子女になろうとすれば、真の父母と、血統が連結されなければなりません。「父」や「父母」という言葉と「子女」という言葉は、血統が連結されなければ、絶対に成立することは不可能です。それは、神様も分けることができません。堕落したサタンも分けることができません。それを蕩減復帰しなければならないのです。

偽りのオリーブの畑であっても、本然の基準である真なる神様の血統に接ぎ木して、真のオリーブの木の愛を中心として、一心、一体、一念となって、生死の境を出入りしなければなりません。

個人的な生死の境、家庭的な生死の境、国家、世界、いかなる犠牲があるとしても越えていくという、そのような心情を持った人には、サタンは関与することができません。国家以上の基準に越えていけば、すでにこれは、蘇生圏、長成圏、完成圏に入り、直接主管圏内に入っていくので、サタンとは関係を結ぶことができないのです。

ですから、イエス様も、もし結婚して相対理想を成していたならば、亡くなられたりはしませんでした。殺すことはできないというのです。これは、相対理想の直接主管圏に連結することができ、原理で言えば、責任分担を完成した基準になるので、直接主管圏内に入っていくのです。

直接主管圏は、神様の血統が連結されており、サタンには、それを断ち切る術がありません。そこに向かう過程において、心情一致することができる位置に行くことができずに、堕落したことが問題なのであって、アダムとエバが夫婦となって、愛し合ってさえいれば、堕落はありえないというのです。永遠に堕落することはできません。堕落できないのです。

しかし、この過程で実が実りませんでした。実が実っていないのに、実のように思って、いくら土に埋めたとしても、芽は出てきません。ですから、永遠の生命がないのです。そのような、死んだ生命を処理する所が、地獄です。そこは、神様とは関係がないのです。

それゆえに、“父子関係”というものは、何が問題なのですか? 父母の血統が連結されなければなりません。その血統は、そのままでは連結できません。父母の血統が、そのまま一人のままでいるでしょう? 一人でいるのです。一人で血統が連結されますか? この血統は、男性の血だけでは連結できません。男性と女性が、一つにならなければなりません。

宇宙の根本道理は、性相と形状の血統が一つになった、その位置で創造したということです。つまり、性相である心が喜べば、形状で