2000年5月28日 万物

2000年5月28日 日曜日 ベルベディアスタジオ


統一教会がこれから反動を変えようとすれば生存性からでなければいけません。 今は私たちの信仰の終わりが真の愛ではなく生存性という感じを受けることもあります。 このようになれば世の中と変わることはひとつもありません。動物世界と変わるものもひとつもありません。


人間としての役割を果たす機能はすべて発揮できますが、しなければいけない責任をせず生存するだけで終わってしまえばこれは動物の水準になってしまいます。 生存には自我があるのであり、愛のためにあるのではないではないですか。


自分自身を脱ぐことができない生活をまだ普遍的にしていれば発展することができず退歩します。 恩讐を愛することは言葉では簡単ですが恩讐を許し愛することが真の愛と同じぐらい難しいです。 それよりもより難しいと考える人が普通ですがそれほど難しいです。 同じエネルギーが必要です。ゆえにそのことを克服しなければいけません。完全に最後まで反対の道にいかなければいけません。そこでもう1度帰ってきて無を作って反対に引っ張っていかなければいけないのですから時間が2倍かかります。


2倍以上かかるでしょう。十分すれば1度にすることができるのですが、1度にする愛も難しいことですが反対に行ってもう1度正反対の方向に引っ張っていくことを考えてみてください。恩讐を忘れ理解しようと努力し許し愛するということをすればどれほど多くの時間を消耗するのかわかりますか。3倍以上の時間を消耗します。1度にできることのできることを行ったり来たりしながら無駄な時間をすべて消耗し、ゆえに疲れます。その様にしなければ辛いことが何がありますか。しかし難しいことがあってもたかが自らの職業でしょう。


それは誰もがすることでありますから難しいと考えることができません。個人の欲求や目的がありますから高い目標を立てればそこに従う犠牲が高い目標を立てれば当然来るのであります。 それは当然であると考えなければいけません。 そのような世の中になればそんなに難しくないでしょう。 誰もがその様に生きようと努力すれば横にいる人たちから恵みを受けることができますから私だけではなくすべてがその様にして生きているなと感じればそこで同士意識が生じてきてそこで慰安を受けるのです。 そこで1人ではないことを感じるのです。


物質的な祝福やそれに関連した祝福は受けないでおこうとするのがいいです。 その祝福に頼るとしないほうがいいです。 祝福たくさん受ければ受けるほど不幸になります。 危険なことであります。 それが好きではいけません。まず心が弱くなり方向性がなくなり生活のバランスがなくなり倣慢になりやすいです。


生活をバランスよく持つためにはすべてのことによく与え、良く受けなければいけません。 努力を通して代価が来るのが正常でありバランス的なことであります。 それが優先であって祝福は優先ではありません。


人間に万物を主管しろと語られたではないですか。 ゆえに責任を持ったとしてもそのような生活が正常的なことであって祝福の生活が正常ではありません。それは非正常的なことです。 そのことがどこかわからず不足だったり壊れてしまったためにその様に祝福されるのであってそうでなければそのことのために生活すること自体が祝福なのであります。


病気になった人に薬を与えお金を一文与えることに頼ればいけません。それを好きになれば乞食になってしまいます。また祝福をたくさん受ければ方向性を喪失します。 まずそのような祝福がとても多くなれば雑な考えをたくさんします。 そうでなければ段階的に一つ一つしますが1度になされれば簡単に使ってしまおうとするのであります。 これあれって開かれはじめればどのようにして受け持つことができるのか対策もなく開かれていくのです。 そうすれば本当にさまよってしまいます。 祝福も大事に使えば祝福になります。一般的に人はお金が少し生じれば簡単に使うようになるではないですか。


理想世界でも王権があります。 しかし理想世界での王は万民に対して本当に神経を使わなければいけないので万民の僕であります。 自分だけを考える人たちは理想世界で王になることはできません。 自分だけを考える人たちは良心が不良な人たちです。 その様に生きていいことはひとつもないと誰もが考えることができますが倣慢になり始めればそれも難しいです。


倣慢も習慣になりやすいです。 まず自分に来る喜びが直線的であるためにそうなります。 そのようなよくない習慣を育て中毒になり始めればよくありません。馬鹿になり結局は滅びてしまいます。 十分に出来る事がひとつもなくなります。 ゆえに誰もが倣慢を嫌いにならなければいけないし避けようとしなければいけません。できるだけ倣慢をみず感じないでおこうとしなければいけません。 その様な心があればすぐに感じてきます。 感じれば刺激がひどくなります。その刺激は衝撃的です。 快楽的になることもあります。それを主管できなければいけません。微慢な中毒性を避けることが人生をもっとも賢く生きる道であります。


称賛を受