2000年5月4日のメッセージ

今も昔も人間の世界は芸術の世界です。 お父様のみ言葉にも芸術を通して人々が1次元深く入ることが出来るようにすることがいい仕事です。


食口達がお父様を中心として和同できる新しいことをたくさん作らなければいけません。 そうでなければこの世の物まねにしか過ぎません。


芸術の世界は他の主権者の次元を超えていかなければいけません。 愛が主管する真の愛の世界になるのであります。


み旨に対するとき私でなければいけないと考えを持っては難しいです。私が出来るとしたとしても他の人がよくできるとするならばその人が出来るようにしてあげなければいけません。自らを中心としてはそれは辛い事かもしれませんが全体を中心として誰かがすればそれはどうですか。全体が良ければいいのです。


私達の究極的な目的は世の中の人たちがお父様を認める環境を作ることではないですか。私が良くできる仕事を通してみ旨にプラスにすることが大切なことです。


この世の中に全てを良く出来る人はいません。しかしよりよく出来るように常に努力することが大切なことです。


み旨のために死ぬことが何よりも大切なことです。全体と永遠を持ってみれば犠牲になる生活が意義のあることです。


自分自身に不利であると考えるほど死のうとしなければいけません。誰もが1度死ぬのに死が何ですか。 個人間性は簡単ではありません。何の為に死ぬのかこれがなければいけません。願いが多いときにこのような心をもつことは簡単ではありません。そのようなときであればあるほどより1人になりたがらなければいけません。誰にも頼ってはいけません!


生きて誰かに世話になってはいけません。為に生きることが世話になることよりも永遠のためにいいです。 そのようにしようとする心がないのに世の中の人がどんなにあなたを好んでどうしますか。そのような世の中はあなたは主管することが出来ません。 そうすれば人の背中に乗るのであります。人を背中に乗せる人間が全ていなくなればあなたはどうなりますか。あなたは世の中をより台無しにするしかありません。 そのようになるのです。


ゆえにまず何故愛さなければいけないかを知る前に何故死ななければいけないかを知らなければいけません。そのように死ぬことが絶対に悪いことではありません。その反対に生きて良いことは1つもありません。死ななければいけない理由を知らない者は愛を受けることしか考えられません。


そうなればいけません。これからの世界を政治家が創ることが出来ません。これからは愛で主管する世界がくるために彼らをもってしてはいけません。 個人個人が重要です。個々人の心を読むことが出来なければいけません。


何故ビル クリントンやヒラリーの様な政治家に私達の人生を任すことが出来ますか。


自分のしたいことを死んでもしたがる人たちの時代が到来しているではないですか。個々人を動かすことの出来る道は良く死ぬ道しかありません。政治家では限界にぶつかります。じっとしていられない者や適当に生きようとするものを引っ張っていくことがどれほど難しいのかわかりますか?彼らの為に必ず死ななければいけません。