2000年6月12日のメッセージ

2000年6月12日月曜日


人に最高の理想があれば同参権、 同等権、同居権を持つことができるという事ができます。 そのような権限を持つことは無条件によってなされるのではありません。 ある人はそのようなみ言葉を自身の要求の為に平面的に理解し解釈しようとしますがそのような段階にあがることは簡単ではありません。 結婚後の夫婦生活をする男女の関係も同参権の段階にあがることも簡単ではないのに神様と同じ段階にあがることはより簡単ではありません。


同等権についてはお父様の血統を中心として連結されその血統に加わることから、同参権、 同等権、 同居権の概念が始まるのであります。


今日お父様が南北間頂上会談を1日前にされ特別祈祷をされました。統一教会員が持っている価値観がまだ教育されていない金正日にどんなプレゼントを贈るのが一番実質的な贈り物になるのでしょうか。


金正日に送ることのできる1番大きな贈り物は芸術であると思います。私たちと違う価値観を持っている金正日も芸術が好きであります。 それが1番大きな贈り物になるでしょう。その人のために作らなければいけないのです。 その人が必要として使うことのできるように創らなければいけません。そうすればその人にとってものすごく価値のある贈り物のなるのであります。 それが人の内心を動かすことのできる最もいい道であります。それを私たちがしなければいけないでしょう。


遠くなく白人たちが私たちの教会に入ってくるでしょうがどのようにして私たちが彼らを受け持つことができますか?彼らに続けて愛を送らなければいけないのですが、彼らが願う愛はどのようなものでありますか?アメリカには自分が出来が良いと思っている人が各国から集まってきています。自らなりに出来が良いと思っているのですが、 自国ではそれを見せることができないのでアメリカに来て何かを見せようとしてきた人たちが多いです。 アメリカに2億4千万人が生活しているとするならば、金正日のような人が2億4千万名いると考えたら良いです。 それがまさにアメリカであります。


持つことができることをすべて持っている、自らなりに最も良いと生きているこのアメリカをどのように料理をすることができますか?アメリカに生きている乞食もアメリカ人であるという自負心を持っているのがアメリカの現実であります。


アメリカ人はすべてを持っている人たちです。 教会にも行かないアメリカ人にどのように刺激を与え彼らの考えを変えることができるのか、実用的に考えなければいけません。彼らも劇場に行きラジオを聴きテレビを視聴するでしょう。 彼らの考えを変えることのできることは私たちによって作られた私たちの芸術であります。


摂理の次元がどんなに違ったとしても人間がしなければいけない基本は変わることはありません。 宗教を1つ創って人類をひとつに作ることが私たちの究極的な目的で、 私たちはすべて知っているではないですか。外的にみるとき完壁なことは技巧的なことであります。 そこに合わせるため誰もが自分なりに要求を持つのであります。


人間が数理的な存在であるために数字が大切なのは事実であります。ゆえに人間をそこに合わせなければいけないために数理的に技巧的になるのであります。そのように生きるようになっているためにそこにあわせるために数理的な組織的な整理をしようとするのであります。ある言葉を聞いたとしても整理しようとすること自体は数理的に合わせようとすることであります。方向性をもって十分聞こうとするのであります。 このことも世俗的にみれば自らの願うままに聞こうとすることであり、 宗教的な次元で見れば自我を除去するために宇宙的な音声を聞こうとするのであります。


ところでその声を1度でも聞いた人がいますか?そうであるので人が独善的になりやすいのであります。まず音楽の世界を見てもなんでもない音楽を聴いても人は好きではないですか?いつも結論は人間の責任分担であります。 そのことは神様も助けてあげることはできません。 個人の責任分担を完成するためにはいつも自分自身を難しく生きるように追い込まなければいけません。 自分自身が良く生きていくことができないように振舞えば最も速く学ぶことができ、 最も速く発展が訪れ、 最も速く責任分担を完成することができます。 そのことを基本的に考えて受け入れ、認めるのが良いです。それを認めないことにはこの世の中に勝つことができないという結論であります。 それが嫌でもそうしなければいけません。


他の道はありません。


人が有名になればその人の業績が残り、それが人の基準になるのであります。 それを凌駕するためには自らを良く生きないように追い込まなければいけません。 私たちの目的はお金を稼ぐのではなく人類を統一することであります。 人間的な考えの為に生きたがる人であればあるほど死のうとし、犠牲になろうとし、世話をしようと探していかなければいけません。そのような生活が限りなく持続されれば自ら個人に発展が訪れてくるようになっています。 そのようなときに社会に発展が起こり、 革命が起こるのであります。


世の中を生きていくとき、実力を持って最善をすべて尽くして実績を収めるのが最高であります。