2000年6月19日のメッセージ

2000年6月19日月曜日


指導者が指示だけするのではなく、下にいる者たちとともに仕事をするようになれば責任者を愛することは恐れるゆえそうなるのです。 責任者が彼らとともに仕事をしながらもよりしようとし助けを与え、教えてあげ、待ってあげ、まずしてあげ、間違いを修正し、解いてあげ、1つずつ説明してあげればそれを愛として感じるのであります。


世の中と戦って勝つためには責任者がまずそのようにしなければいけません。ある目標を持っては譲歩をしなくても従うものが発展するように道を開いてあげれば、彼らもどんどん学びますから責任者を尊敬し愛するようになるのであります。 責任者が全体を考えながらそのようにすれば結果は良くなるようになっています。


マンハッタンセンターでまず1人でも2世の子供たちを世の中に立てていい結実を結ぶようになればまず教会内においても立場をつかむようになり、他の子供たちに希望を与えることができます。 世の中の前にも私たちの権威を見せることができるようになるのであります。 それから世の中の人を正すのは良いです。そうすれば私たちのする仕事が簡単に流れていくことができるようになります。


最高を追求することは良いですが今の転換期には全体を考え、全体を知り、全体の目的にあわせ適応しなければいけません。戦闘の現状が変わればその地形に合わせて戦法も変わらなければいけないではないですか。


新しい環境でも同じ方法で続けてすれば消耗が大きくなります。何時も状況に応じて適応していかなければいけません。 人は誰でも善の念があります。 統一教会員がお父様を助ける

ためには1つの分野でも世の中の最高にならなければいけなく、 その次に自らの最高をもって世の中の人を引っ張ってこなければいけません。 それが教会員の最高になる道です。 1人の教会員がそのような分野をたくさん持つことができれば良いです。 そのようにできる人が多ければ多いほどよりいいのであります。


最高になることができれば人はその人の言葉を聞くようになっています。 たとえ仕事をすることが難しくてもよりよくできるように努力しなければいけません。発展が止まるようになればその場で終わるのと変わりはありません。 それが現実であり、事実であります。 合理的なことはいいのですが合理性だけ突き詰めるのはいいことではありません。 現実を持って合理性を突き詰めることはひとつの極であります。


その反対の極も存在します。 それだけで世の中を動かすことはできません。 また情だけでもいけません。


両極を主管できなければいけません。半極だけでは十二分にできず永久性もありません。 合理的なことも良いには良いですが、十二分に学んでしようとしなければいけません。 十分学ぶためには十分質問できなければいけません。 そうすれば正しい答えを探すことができます。その答えを持っても自らが理解する過程があり、実践する過程が必要です。 その実践課程を通じて結実があればその理論が十二分に成立されます。十ニ分に学んで成立させるのは簡単ではありません。 実践する過程がなくすべて知っていると考えればいけません。小さなことも十分知ることが難しいのに本当に必要なことを十二分に知ることは簡単ではありません。


聖書を見れば強く雄雄しくあれと言うみ言葉があります。 お父様が強く雄雄しくということは自らの生存のために戦えというのではなく、 生存の為に勝つために戦えということです。 軍隊で生活する規則生活は一生の間なければいけないという話であります。 軍人が戦場で戦わなかったとしても軍隊になるためには軍人として生きる群れがなくてはいけないのです。 お父様も軍隊が必要なのであります。軍隊が存在するならば軍人はこのようにして生きなければいけないという基準がなければいけないように地上に天の軍隊が必要であるならば、 私たちはこのように生きなければいけないという基準がなければいけないしその基準に沿って生きなければいけません。 そうすれば世の中に勝つことができます。


父母様が私たちに親孝行になりなさいという話は、 自らを代身して世の中に出て行って戦って勝ちなさいというみ言葉であります。 世の中においても父母がなせなかった仕事があったり、 ある願いがあるならば自身の子供たちに弁護士になりなさい、 医者になりなさいというではないですか。 子供たちが良くできれば家紋がいいことであります。 統一教会の祝福家庭はお父様ができなかった戦いを代わりにして勝てば親孝行者になるのであります。 統一教会員は父母様の代身として世の中に出て十分勝つことができるようにお互い助け合い激励しなければいけません。